今、私たちの内側から溢れる「感謝」と「営み」〜防災と復興を考える2026年3月〜

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こんにちは、森山です。

今回は

「日常へのありがとう」を、自分たちの内側から溢れさせるための2026年3月の実践

について見ていきますね!

日常へのありがとう…かぁ

はい。

私たちの暮らしは、たくさんの「もの」に支えられていますよね?

  • 水が出ること
  • 温かい食事があること
  • 雨風をしのげる場所があること
  • 電気がつくこと

そのほかにも、道があり、橋があり、病院があり、店があること。

それらは、あまりにも身近で、いつの間にか「あるのが普通」になっていきます。

けれど、形あるものは、いつか壊れます。

地震や台風、豪雨、土砂災害のような自然災害で、あるいは火災や事故で、そして時には人と人との争いによっても。

私たちが大切にしてきた日常は、一瞬で姿を変えることがあります。

だからこそ今月、Well-being Lab.では「防災と復興」をテーマに、いま私たちにできることを、暮らしのWell-beingから考えていきたいと思います。

「ありがとう」が消えるとき日常は誰のものになるのか

「ありがとう」や「感謝」を忘れるということは、どういうことでしょうか?

私は、ただ礼儀がなく、相手に対して失礼だという話ではないように思うんですね。

日常の当たり前を、当たり前と思うなかれ

ありがとうの対義語は「当たり前」。

つまり、感謝の気持ちを忘れるということは、目の前にあるものがいかに大切なのかということを、忘れてしまうことと言えるのではないか。

そう思うんですよね。

もっと根っこでは、日常の「当たり前」を、いつの間にか「誰かが用意してくれるもの」と思ってしまうことにつながります。

水は出て当然。

食料は買えて当然。

家は安全で当然。

日常に感謝せず、困った時は誰かがなんとかしてくれる?

「普段あるものに感謝をすることもなく、自分勝手に振る舞い、そして困ったら誰かが助けてくれるはず。」

本当に、そうでしょうか?

当たり前。

このような思い込みは、普段は楽かもしれませんね。

考えてもいいし、金さえ払えばサービスを享受できる。

便利でサイコー。

今自分の内側から幸せでみたすための感謝

私は、今ここにいる自分を大切にすることは、めちゃくちゃ大事だと思います。

逆に、今の自分を犠牲にしすぎると、自分も周りの人も辛い状況に追い込まれると思うんです。

とはいえそれは「自分勝手になって」「後先考えないこと」ではないようにも思う。

だからこそ、「今」「ここにいることができる自分」に、感謝できるようになる状態を整えること。

「感謝を強制すること」ではなく、私たちの仕事・役割は、誰もが自分がここにいられる状況に、自然と感謝できる状態を整えること。

考えること。やってみること。振り返って、次のアクションに繋げること。

このような営みではないかと思うんですね。

「システム」と「自動化」が生む思考停止の心地よさ

とはいえ、私たちの周りには、便利な仕組みがたくさんあります。

サービスは最適化され、ボタンひとつで手配ができ、情報は自動で流れてきます。

便利さそのものは悪ではないように思います。

むしろ、便利さは暮らしの余白を生み、誰かの負担を減らしてきたわけですからね。

それでも自分で考えることを手放してはいけない

ただ一方で、便利さの中で、私たちは「自分で考える機会」を手放しやすくもなります。

  • 何を買うか。
  • 何を選ぶか。
  • どんな暮らしが良いか。
  • どんな関係が心地良いか。
  • そして「自分にとっての幸せは何か」。

それらが、いつの間にか誰かの誘導や、世の中の空気や、仕組みの設計に引っ張られてはいませんか?

浴びている情報に無自覚でいると…

もし、「今ある当たり前が、いろんな人の思いや行動で成り立っていること」に無自覚でいるとどうなるでしょうか?

例えば、災害が起こった時など、地域に何かしらの危機が迫った時。

もしくは、職場で大きな事件があって、仕事が奪われてしまった時。

考えたくないことですが、家族や大切な人が怪我や病気で苦しむ状況になったり、自分の健康が損なわれてしまった時。

私もそうですが、風邪をひいて、苦しい状態になって、そこから回復した時に「健康ってありがたい」と思います。

逆にいうと、健康でいられている状態に感謝せず、無茶するから風邪を引くのかもしれませんよね?

これと同じで、地域での生活や日常の暮らしに感謝していないと、災害や危機のときに、判断が遅れたり、他人任せになったり、必要な備えができなかったりするのではないか?

そんなことを思います。

形あるものと、形のないもの

私自身、これまで「教育」や「福祉」など、形のない価値を扱う仕事に関わってきました。

その中でずっと惹かれてきたのは、人の内面や関係性、コミュニティの絆といった、目に見えないものです。

けれど、災害を想像するとき、いや、想像しなくても日々の暮らしをよく見れば、「もの」の重要性に改めて気づかされます。

水、食料、住まい、自然環境。

それらがなければ、人は生きられません。

「もの」を大切にすること。

そして同時に、「つながり」や「心」を大切にすること。

防災と復興は、この二つを一緒に見つめ直すテーマなのだと思います。

防災は未来のための「日常への感謝の練習」

日本は災害が多い国です。

だから、ある意味では、いまはいつも「災害前」です。

いつ来るかわからないからこそ、今からできることがあります。

例えば、備蓄を少しずつ整えること。

避難経路を確認すること。

家族や身近な人と、いざという時の連絡方法を決めておくこと。

これらはとても具体的で、実践的な備えです。

普段の暮らしでつながりを育む

でも、それだけではありません。

普段からの近所づきあい。

地域の行事への参加。

「顔の見える関係」を少しずつ増やしていくこと。

こうした「目に見えない備え」が、いざという時の支え合いにつながります。

防災は、特別な誰かがやるものではなく、日常の延長線上にある「暮らしの練習」なのだと思います。

復興は「建て直す」だけでは終わらない

また、復興という言葉には、多様な意味合いがあるようにも思うんです。

もちろん、建物やインフラを整えることも大事。

けれど同時に、心を癒し、人と人の関係を取り戻し、コミュニティを再生することも復興として取り組む必要があるように思います。

物理的なものも、つながりなどの目に見えないものも、おそらく完全に元通りにはならないけれど、未来を見据えて紡ぎ直していくこと。

物理的な復興と、精神的・社会的な復興。

この二つが車の両輪のように進むとき、私たちは「元に戻す」だけではない、よりしなやかな未来へ向かっていけるのかもしれません。

今月のWell-being Lab.で一緒に考えたいこと

今月のテーマは「防災と復興」。

その入り口として、まずは自分の暮らしの中にある「当たり前」に向き合い、一つずつ言葉にしてみませんか。

  • 誰かが用意してくれているもの。
  • 自分が見落としている支え。
  • 守りたい日常の風景。
  • そして、守りたい関係。

その上で、「自分で考えること」を取り戻しながら、学び、実践し、振り返る。

そんなプロセスそのものが、Well-beingにつながると私たちは考えています。

3月11日を、学びの節目に

災害の記憶は、時間とともに薄れていきます。

けれど薄れたときこそ、次の備えが後回しになりやすい。

3月11日は、私たちが「当たり前」を見つめ直し、暮らしの基盤と、つながりの意味を確かめ直す節目でもあります。

Well-being Lab.では、このテーマに沿った学びの場や情報発信を用意し、みなさんと一緒に考える時間をつくっていきます。

最後に。

防災を考えることは、不安を増やすためではなく、日常の価値を確かめ、選び直すための時間です。

「もの」と「つながり」を大切にしながら、自分の暮らしを自分の手に取り戻していく。

今月、そんな一歩を一緒に踏み出せたらうれしいです。

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Mocchy

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