『書くコーチング』|自然体キャリアを歩む優しさ溢れる1日5分習慣

こんにちは、森山です。
今回は
心優しい人は疲れやすい。誰かの気持ちを思って自分の本音を見失う。
そんな「自分の本音」を取り戻すための「書く」という習慣
について、話をしていきたいと思います。
私は日々ソーシャルワーカーとして「人の暮らしが幸せで豊かなものになるように」と願い、実践を重ねています。
また、「場づくり事業」「オンラインでの教育事業」なども立ち上げながら、「ソーシャルワークやコーチングの普及」「対人援助職や地域の方々の連帯づくり」にも取り組んでいます。
その中で、

家族のことや仕事のこと、お金のことなどを考えていると、今の働き方ではどうしようもない。だけど、これからどうしたらいいかわからない。

家族のこととか考えていると、「自分が本当はどうしたいのか」ということがわからなくなってくる。
そんな悩みを抱えた専門職、まちづくり実践を展開される方などとたくさん出会ってきました。
優しい気持ちを持った方ほど、これからの生き方のことを考えて、
- 苦しい。
- 疲れている。
- 少し立ち止まりたい。
- 違う道を選びたい。
と思いながら、
「自分がダメなんだ」「もっと頑張らないと」
と思ってしまう。
そんなふうに考えているうちに、
いつの間にか、自分の本音がわからなくなっていく
という状態が生まれてしまっているように思うんです。
誰かを大切にしようとしてきた人こそ、しっかり休んで、自分らしさを活かして、実践を続けていってほしい。そんな願いを込めて、情報提供していきますね。
誰かの役に立つなら「努力」をするより「声」を聞く

しんどい状況が続いている時、私たちはつい自分を責めてしまいます。
もっと・もっと・もっとが人を苦しめる
そこでよく陥りがちなのが、
- もっと行動しなければ。
- もっと勉強しなければ。
- もっと稼がなければ。
- もっとちゃんとしなければ。
という「もっともっと状態」です。
努力をしたら誰かの役に立てるのか?
けれど、本当に問題なのは、努力の量だけではないのかもしれません。
問題は、自分が何を大切にしたいのかを見失ったまま、目の前の課題だけを処理し続けていることです。
- やるべきことはある。
- 役割もある。
- 責任もある。
- 人との関係もある。
その中で、自分の感情や願いを置き去りにしていると、だんだん心の輪郭がぼやけていきます。
本音を聞く。声をきく。まずは自分から。
何が嫌なのか。
何を望んでいるのか。
どこまでなら引き受けられるのか。
どこからは無理なのか。
本当は、どんなふうに働きたいのか。
どんなふうに生きたいのか。
それがわからなくなると、人生の主導権が少しずつ自分の手から離れていきます。
優しさが消耗に変わり無力感や感情の乱れにつながる

自分の本音がわからないまま頑張り続けると、最初はなんとか乗り切れても、少しずつ無理が積み重なっていきます。
疲れや不足に気づいていますか?
人に合わせているはずなのに、心の中では疲れている。
頑張っているのに、満たされない。
役に立っているはずなのに、虚しさが残る。
大切な人のために動いているはずなのに、なぜか苦しくなる。
そうなると、本来は人を大切にするための優しさが、自分を削るものになってしまいます。
筋の通った人生を生きる上で「本音」を見失うと?
そして、働くことも、稼ぐことも、暮らすことも、ただ耐えるためのものになってしまう。
それは、とてももったいないことです。
優しさは、本来、奪われるものではありません。
自分を犠牲にして差し出し続けるものでもありません。
自分を整えながら、他者にも向けていくもの。
自分の幸せと、他者の幸せを切り離さずに育てていくもの。
その感覚を取り戻す必要があるのだと思います。
「書くこと」を習慣にして自分の声に気づこう

そのための小さな実践が、書くことです。
文章術とか継続とかどうでもいいので「書く」
ここでいう「書くこと」において重要なのは、文章術を学ぶことではありません。
誰かにうまく伝えるためだけの技術を身につけることでもありません。
大事なのは「もやもやして気持ちを自分で受け止めること」であり「汚いこと」「まとまらないこと」でもなんでもOKです。
書くという行為で自分のドロっとしたものを吐き出す
書くことは、自分の中にある曖昧な感覚を、目に見える形にする行為です。
頭の中で考えているだけでは、不安や焦りはぐるぐる回り続けます。
でも、言葉にして外に出してみると、自分の感情と少し距離が生まれます。
この距離が大切です。
吐き出した後は「受け止める」ということに徹する
不安そのものになっていた自分が、
「ああ、私は今、不安を感じているんだ」
と見られるようになる。
怒りそのものになっていた自分が、
「ああ、本当は大切にしてほしいものがあったんだ」
と気づけるようになる。
書くことは、自分を責めるためではありません。
正解を出すためでもありません。
自分の声を、もう一度聞き直すための行為です。
認知と社会の仕組みが見えてくる

この「書くこと」「受け止めること」を繰り返すと、「心の仕組み」について理解が深まります。
そして自分の心を深く理解することができれば、「自分以外の世界・社会」への理解も高まります。
私たちの心が歪むと世界の認識が歪む
私たちは、世界をありのまま見ているようでいて、実際には自分の経験や記憶、思い込み、社会の価値観を通して見ています。
たとえば、
「迷惑をかけてはいけない」
「稼げない自分には価値がない」
「人の期待に応えなければならない」
「優しい人は我慢しなければならない」
「ちゃんとしていないと愛されない」
こうした考えは、自分一人の性格だけで生まれるものではありません。
家庭、学校、職場、地域、社会の空気。
いろいろな環境の中で、少しずつ身につけてきたものです。
自分の心を深く知ることは世界を根本から変えること
だから、自分を変えるということは、単に前向きになることではありません。
自分がどんな認知の枠組みで世界を見ているのかを知ること。
どんな社会システムの中で苦しさが生まれているのかを理解すること。
そのうえで、自分が大切にしたい価値に沿って、選び直していくこと。
その入り口に、書くことがあります。
貢献も働くこと稼ぐことも「自分理解」から

書く習慣を身につけることは、自分の理解につながります。
そしてそれは、幸せに生きることだけでなく、働くことや稼ぐことにもつながっています。
つまり、幸せな家庭を築くことや、自分らしいキャリアを選択することにつながるということです。
書く習慣が最高の人生を構築するために重要な理由
なぜ書くことが「幸せな家庭」「自分らしいキャリア」につながるのか?
それは、働くこと…もっというと「生きる」ということは、自分の持っている経験、知恵、感性、技術を、誰かの価値に変えたり、誰かと共有する行為だからです。
自分の本音。目の前の人の本音。そして私たちの本音。
例えば、
- 自分は何を大切にしてきたのか。
- どんな経験をしてきたのか。
- 誰のどんな痛みに寄り添えるのか。
- どんな問いを持ち続けているのか。
- どんな未来をつくりたいのか。
これらに気づいている人と家族になるのと、そうでないのと、家庭内での対話の内容が全く違ってくると思うんですよね。
仕事でもそうです。
自分のことを理解していて、自分の所属している会社のことを理解し、他の会社のことや社会のことについても知識があって、お客さんの気持ちも深く理解している。
そんな人が作る商品や、提案するサービスは、おそらく質が高いものになります。
言葉にすることができないとボヤッとしたまま
言葉になっていないと、自分の価値は見えにくいままです。
逆に、書くことを通して自分の価値が見えてくると、働くことは単なる労働ではなくなります。
稼ぐことも、単なるお金集めではなくなります。
自分の経験や知恵を、必要としている人に届ける。
その対価としてお金を受け取る。
受け取ったお金で、自分と大切な人の暮らしを守る。
さらに、その余力でまた誰かに貢献する。
この循環が生まれると、働くこと、稼ぐこと、幸せに生きることは、少しずつつながっていきます。
書く習慣づくりを始める「第一歩」

ここまでの内容を読み進めていただいて、「書く習慣って大事」と思うことはできた。
でもその一方で、一体「何を書けばいいの」「日記も手帳も続かない」と思ってたじろいでしまう方も多いかと思うんです。
そこで、私が実践したのは「正直」×「しょうもないこと」を書くことをオススメします。
立派な文章ではなく誰にも見せられないことを書く
最初から立派な文章を書く必要はありません。
誰かに見せる文章でなくてもかまいません。
きれいにまとまらなくてもいい。
矛盾していてもいい。
弱音が出てもいい。
怒りが出てもいい。
自分の中の汚い側面も含めて、ノートに書き出します。
ポイントは、「誰にも見られないようにしておく」ということです。
自分が最低でもそれでいい
ノートを書くときのお約束は「正直に書くこと」です。
あとは「汚くても」「続かなくても」それでOK。
それが「あなた」なのですから。
その「あなた」をまずは徹底的に受け止めてみましょう。
最低だと思うことがあったり、落ち込んでしまったり、クヨクヨしちゃう自分がいても、それでいい。
こうして「〇〇しないといけない」「〇〇できない自分はダメだ」という命令や禁止ではなく「〇〇な自分がいる」という存在をそのまま受け止めてあげることがポイントです。
自分には無限の可能性がある
自分を「命令」「禁止」から解き放ち、「〇〇でもいい」という許可を出すことができれば、人生が変わり始めます。
ダメでもいい。
できなくてもいい。
それでも、自分は大丈夫。
そう思えた瞬間、可能性が開かれていくのを感じるはずです。
自分の「やりたい」を書いてみる
そうすることでようやく「本音」が見えてきます。
「やりたいことをやっていい」ということも理解できるはずですし、そこではじめて自分の行動に「責任」を取れるようになります。
親や会社の上司に命令されて「やりたくないことをやらされている」という感覚では、どうしても集中できずサボりたくなります。
でも「自分がやりたい」と思うことであれば、「自分なりのやり方で工夫しよう」「もっと学んで成長しよう」と思えるはずですよね。
「書くコーチング」という実践
ちなみに私が実践している「コーチング」ではクライエントの縛りを緩め、自由な創造性を解放し、ゴールを設定してその達成をサポートしていきます。
これを「書く」という行為で実践するのが今回お伝えしている内容です。
自分の声を聞くことが誰かを大切にする力になる

幸せに生きること、Well-beingとは、いつも前向きでいることではありません。
自分の感情に気づき、大切な人との関係を育て、自分の人生に意味を感じながら、必要な時には助けを求められること。そして、自分を犠牲にしすぎず、他者の幸せも願えること。
そのバランスの中に、Well-beingはあるのだと思います。
書く習慣で導かれる自利利他円満
自利利他円満という考え方があります。
自分の幸せと、他者の幸せは切り離されたものではありません。自分だけが満たされればいいわけでもなく、誰かのために自分を削り続ければいいわけでもない。
自分を整えることが、他者へのよい関わりにつながる。
他者への貢献が、自分の生きる意味を深めてくれる。
だからこそ、まずは自分の声を聞くことから始めたいのです。
「大切なもの」とはなんだろう
「本当は、私は何を大切にしたかったのだろう」
その一文を書いてみるだけでもいい。
書くことは、自分を知ること。
自分を知ることは、自分の人生を選び直すこと。
そして、自分の人生を選び直すことは、働き方、稼ぎ方、人との関わり方、幸せの形をつくり直すことでもあります。
さらに深く学びたい方へ
オンラインまちあいの森では、こうした「書くこと」「自分と向き合うこと」「働くこと」「稼ぐこと」「Well-being」「人との関係性」について、学びと実践を重ねる場をつくっています。
一人で考えていると、どうしても同じところをぐるぐる回ってしまうことがあります。
けれど、安心して言葉にできる場があると、自分の本音や大切にしたい価値が少しずつ見えてきます。
優しさを消耗で終わらせず、自分の人生と、誰かへの貢献が循環する働き方へ。
そんな学びと実践を一緒に育てていきたい方は、ぜひオンラインまちあいの森をのぞいてみてください。

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